東京高等裁判所 昭和52年(ネ)760号 判決 1978年4月12日
控訴人(原告)
菊池スヱ
ほか二名
被控訴人(被告)
大和久嘉夫
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
(申立)
控訴人ら代理人は、「原判決中被控訴人に関する部分を取り消す。被控訴人菊池スヱに対し金四九一万二、九二七円、控訴人菊池不二子に対し金九一七万五、八五五円、控訴人菊池タエに対し金一、二〇二万一、三四九円及び右各金員に対する昭和四八年一〇月二四日から支払いずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
(主張及び証拠)
当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次のとおり付加、補正するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する(但し、原判決二枚目―記録一〇丁―裏九行目の「午後」とあるのを「午前」と、原判決四枚目―記録一二丁―裏一〇行目の「菊池スエ」とあるのを「菊池スヱ」と、同末行、原判決九枚目―記録一三丁―表一〇行目、同裏初行及び原判決一〇枚目―記録一四丁―表一〇行目の各「原告スエ」とあるのを「原告スヱ」と、それぞれ改める。)。
一 控訴代理人は、次のとおり述べた。
(一) 本件車両(原判示加害車両)の所有名義人は末吉和夫であるが、実質上の所有者は被控訴人であり、被控訴人が木下幸夫こと朴龍曰(第一審被告)を本件車両の運転者として雇用し、自己の買受けたキヤラの木を運搬するため同人を花巻市まで出張させたのである。それゆえ、本件事故による損害賠償について、被控訴人自身が控訴人らとの間で積極的に示談の交渉を進めたのである。
末吉和夫は、妻子もなく、資力もなく、電話も備えておらず、人夫仕事しかできない人間であり、キヤラの木を買受けてこれを他に転売して利益をあげる才覚など持ち合せていなかつた。また、キヤラの木を買受けても、これを植栽する場所もないし、自動車の運転免許も所持していない。このような末吉が被控訴人からみずから本件車両を買受け、かつ遠隔地にあるキヤラの木を買受ける筈はなかつた。
(二) かりに、本件車両は末吉が被控訴人から買受けてこれが所有者となつたものとしても、本件車両は末吉の買受け後本件事故発生までの間被控訴人の敷地内に保管されていたものであり、また、本件事故の前前日に本件車両で運搬されたキヤラの木の代金は被控訴人が末吉に貸付けたものであり、運搬されてきたキヤラの木自体も被控訴人の敷地内に運搬されたもので、右キヤラの木の買付から被控訴人の敷地内への運搬まで、すべて被控訴人の指揮どおりにことが進められてきたのであるから、右の本件車両の運行によつて利益を享受した者は被控訴人に外ならない。したがつて、本件事故当日の本件車両の運行についても、被控訴人は自賠法第三条にいう運行供用者というべきである。
二 被控訴代理人は、次のとおり述べた。
(一) 控訴人主張の事実中、本件車両の所有名義人が末吉和夫であること同人が妻子もなく、電話も備えおらず、自動車運転免許も有していなかつたことは認めるが、その余を否認する。被控訴人は、末吉及び朴らから依頼されて積極的に示談交渉に協力したまでであつて、自己の事件として示談に奔走したものではない。末吉は、さきに東北地方を旅行した際転売の目的で買受けておいたキヤラの木を運搬するため、被控訴人から本件車両を代金三二万円で買受け、運転手として朴を雇い入れて、右キヤラの木の運搬に従事させたものである。したがつて控訴人の(二)の主張は争う。
三 〔証拠関係略〕
理由
一 控訴人ら主張の日時場所において菊池勇市運転の車両と朴龍日(第一審被告)運転の車両(千葉一一―さ七五一二号。以下本件車両という。)とが衝突し、これにより勇市及びその同乗者であつた菊池不二男が死亡したこと及び右衝突事故は朴が進路前方の対向車の有無並びにその安全を確認せずに前車を追越そうとしてセンターラインをオーバーし、対向車線に進入した過失によるものであることは、成立に争いのない甲第四、第五号証、丙第七号証の六及び弁論の全趣旨(控訴人らと第一審被告朴との間において右事実に争いがないこと)により明らかである。
二 控訴人らは、本件事故は朴が被控訴人所有の車両を運転して被控訴人の業務執行中に起したものであるから、被控訴人は民法第七一五条及び自動車損害賠償保障法第三条によりその責を負うと主張するから、考えるに、原審における第一審原告朴龍曰本人尋問の結果(第一、二回)及びこれにより成立を認める甲第三号証の記載並びに原審における控訴人菊池スヱ本人尋問の結果により成立を認める甲第六号証の記載中、右主張にそう部分は、後記三掲記の各証拠に照らして、いずれもこれを措信しがたい。また、成立に争いのない甲第九号証の一、二、原審及び当審証人末吉和夫の証言並びに原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、末吉和夫が昭和四七年九月一四日被控訴人から借り受けた車両のためのガソリンを被控訴人の経営する板金工場の給油伝票によつて買受けたことは認められるが、これにより被控訴人が本件車両の所有者または運行供用者であることもしくは被控訴人が末吉を雇用していたことを認めるには足りない。さらに、弁論の全趣旨により成立を認める甲第一〇号証の一、二の記載も、被控訴人が本件車両の所有者または運行供用者であることの確証とはなしがたい、その他控訴人の右主張を認めるに足りる証拠はない。
三 かえつて、成立に争いがない甲第五号証、丙第二号証、第七号証の三、四、六、九、一〇、第一〇号証の一ないし三の各記載、原審及び当審証人末吉和夫の証言並びにこれにより成立を認める丙第一号証の記載、原審における被控訴人本人尋問の結果を総合すれば、朴龍曰が本件車両を運転するにいたつた経緯について、次の事実が認められる。
被控訴人は、昭和四二年頃から千葉県茂原市において工員四人を使用して自動車板金工場を経営しており、その頃から末吉和夫が被控訴人方に友人として出入りし、時々被控訴人の仕事を手伝つたりしていた。被控訴人は、板金工場を営むかたわら、客の注文により中古車の買入斡旋などをしており、昭和四八年三月頃末吉の依頼により、本件車両を他から買入れてこれを同人に代金三二万円で売り渡したが、同人は、適当な保管場所がなかつたので、そのまま被控訴人方工場で預つてもらつていた。他方、末吉は、昭和四六年一月頃被控訴人ほか数名の者と共に東北地方を旅行中、たまたま岩手県和賀郡東和町谷内にキヤラの木多数が植栽されているのを見つけ、これを買受け他に転売して利益を得ようと考え、その持主である小原サナからキヤラの木三三本を買入れ、昭和四七年一月二一日に代金九万円の支払いを終えていたが、当時運搬の目途が立たなかつたため、しばらく小原方に預つてもらつており、その後右キヤラの木を運搬するためと、自動車解体事業にでも使おうとの考えから、本件車両を被控訴人から買受けたものであつた。ところで、末吉は、みずから貨物自動車の運転免許を有していなかつたため、キヤラの木運搬のための運転手を探し、また被控訴人にもその依頼をしたりしていたが、昭和四八年一〇月頃末吉と被控訴人とはかねて知合いの木下三郎こと朴天幸方に赴き、キヤラの木運搬のための運転手の世話を頼んだところ、木下は息子の第一審被告朴を紹介し、末吉は朴に対し一往復一万円の報酬を支払うことを約し、朴は右条件で本件車両を運転することを承諾した。同年同月二〇日朴が本件車両を運転し、末吉と被控訴人とが同乗して、前記キヤラ植栽地に赴いた。末吉は現地に残つて第二便以後の出荷の指図などをする予定であつたため、被控訴人は、帰りの道案内ということで同乗したものである、翌二一日現地に到着し、キヤラの木六本を本件車両に積み込み、被控訴人が同乗して帰途に向つた。その際、被控訴人は、末吉に依頼されて六万円を預り、茂原市に帰着後朴に対して、運転料として一万円を支払うとともに、末吉に対する残金五万円の返還方を依頼した。右キヤラの木六本は、末吉の申し出により、同人がさきに被控訴人から借り受けていた五〇万円の債務の内入れ弁済にあてるため、被控訴人に引渡された。翌二二日朴は再びキヤラの木を運搬するため、弟木下竜夫こと朴八龍を同乗させて茂原市を出発し、岩手県の現地へ向う途中、本件事故を起した。
以上の事実が認められる。
四 前記事実によれば、本件車両の所有者は、被控訴人ではなくて、末吉であり、被控訴人は、末吉がみずから買入れたキヤラの木を運搬するために本件車両を運転する運転手を探す手伝いをし、かつ、末吉に依頼されて、右キヤラの木運搬のため朴の運転する本件車両に第一回目の道案内として同乗したにすぎなかつたものということができる。してみれば、朴の起した本件事故は被控訴人の業務執行中のものであつたということはできず、また、被控訴人が自動車損害賠償保障法第三条所定の運行併用者にあたるとすることもできない。
五 なお、控訴人らは、被控訴人が本件事故による損害賠償につき控訴人らとの示談交渉に積極的であり、このことは被控訴人が賠償責任を負う立場にあつたことを物語るものであるといい、前掲丙第七号証の九、一〇、末吉証人の証言(原審及び当審)、第一審被告朴龍曰(第一回)、控訴人菊池スヱ及び被控訴人各本人尋問の結果によれば、被控訴人は控訴人らとの示談交渉にかなり積極的であつたことは認められるが、他方、右各証拠によれば、被控訴人は、本件事故による損害賠償のための資力に乏しかつた朴及び末吉から依頼されて、控訴人らとの示談交渉にあたつたものであり、自己所有の土地を朴及び末吉に売却してこれを控訴人らに対する賠償に充てさせ、もつて示談の成立を計るとともに、朴及び末吉から右売却代金を割賦払いの方法で回収しようとしたが、回収の見込みが立たなかつたので、ついに示談交渉を打切つたことが明らかであるから、右示談交渉における被控訴人の態度をもつて、同人が本件事故による損害賠償義務を負担するものであつたことの証左とすることはできない。
また、控訴人は、末吉は無資力であり、本件キヤラの木を転売して利益を得ようとする才覚など有していなかつたというから、考えるに、前掲末吉証人の証言によれば、同人に資力が乏しかつたことは明らかであるが、成立に争いのない甲第八号証及び右末吉証人の証言によれば、同人は昭和四七年五月頃転売目的で土地を買受けたことがあり(もつとも、右買受資金の借受先への弁済のため翌四八年九月これを他に売却した。)、また、かつて槇の木を買入れてこれを他に転売して利益をあげたこともあることが認められるから、同人に資力が乏しかつたからといつて、本件キヤラの木買受の事実を否定し去ることは困難である。
六 よつて、被控訴人に対する控訴人らの本訴請求は、理由がないから棄却すべきであり、これと同趣旨に出た原判決は相当であつて、本件控訴は、理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項に従い、これを棄却し、控訴費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 安藤覚 森綱郎 奈良次郎)